駆けある記

東京の日本語教育を考えるつどい

こんにちは、日本共産党練馬区選出都議会議員とや英津子です。

久しぶりの投稿となります。

入管法反対の声が大きく広がり、デモや国会前のスピーチが続いています。先日は練馬駅北口の平成つつじ公園で「難民・移民フェスタ」が開催され、会場にあふれんばかりの参加者で盛り上がりました。その次の日、私は毎年お招きをいただく「東京の日本語教育を考えるつどい」に参加しました。

このつどいは、東京で外国籍であったり外国にルーツをもつ人たちに日本語を教えるグループや夜間中学の先生たちが交流する場であり、多彩な講演も行われています。

今年は、「東京の日本語教育を考える会」の20周年だそうで、事務局長の関本さんがしみじみとこれまでの活動を振り返って報告していました。一歩一歩前に進んできたことがよく分かりました。長きにわたる運動をコツコツと続ける中では山あり谷ありだったと思います。東京における外国籍や外国にルーツを持つ子どもたちの日本語教育はここ数年で大きく前進しました。それは当事者が増えてきたこともありますが、こうした運動をしてきた人たちの努力あってのものだと思います。

さてこの日は、墨田区の取組についての講演、荒川区教育委員会との連携による中学生への日本語支援について、また体験発表もありました。

特に荒川区と連携する多文化共生センター東京の取組には学ばされました。

この団体は、外国にルーツを持つ子どもたちの教育機会の拡大や日本で活躍できる教育の実現に取り組んでいます。

お話のポイントは以下の通り…。

◆学齢期を超えた子どもたちが中学で学ぶのは困難。

◆高校入学はもっと大変

という状況のもとで支援を行っている。

東京では外国にルーツを持つ子どもたちが増加

○8年間で約9000人増⇨2015年小学生6,554人、2022年13,605人

○コロナで来日が一時的に減っても増加傾向

各区市町村の外国籍児童生徒数の上位15区に練馬区が入ってる。

○練馬区は653人(東京都2022年度調査)

○しかし、外国にルーツを持つ子どもの数は含まれず

東京で日本語指導を必要とする児童生徒数(2022年度)

○小中学校の日本語指導を必要とする児童生徒数は3508人

○しかし、「指導を要する」という基準に疑問がある。必要な子はもっといるはず。

日本語指導の地域格差

○日本語指導に地域格差がある(練馬区には日本語学級はありませんが、地域での取組はある)

○相談も多い(どの区に住んだら、良い日本語指導を受けられるか、学校だけでは足りないからもっと学習できる場を、高校進学が不安、母国で中学を卒業したが進学は)

荒川区での取り出し授業の成果も

○俳句づくりで日本語学習―とてもすてきです。言葉が変わるだけで世界が変わる。

○生徒の自信につながる

 

多岐にわたる課題があるもとで、NPO法人多文化共生センターが補っているが、それでも不十分だということが分かりました。

いまでも本当は日本語指導を必要な子がいるはず、そのためにもきちんと実態を把握すべきです。

抽出指導で日本語を学んだ子はほとんど進学できています。

私の地元、練馬区でもせめて日本語学級の設置をすべき。区が決めれば都は教員の人件費は出すのです。都はもっと区に働きかけて設置できるようにすべきと何度も求めています。

 

【外国につながる(元)子ども体験発表】

中国で生まれたEさんの体験。

1986年に9歳で来日し、小学校2年生に編入。

中国残留孤児三世。

清瀬市に住んだが日本語教育がなかった。校長・教頭がひらがな、カタカナを教えてくれた。日本に来て以来なるべく日本語を使うようにしてきたそうです。先生が言っていることがわからず、忘れ物常習犯だった。

○小学校6年生で里帰りしたとき、あなたは日本人ですねと言われた。しかし日本に戻るとあなたは中国人と言われる。自分はどこの国の誰なのか…。しかも中国語は忘れる。

○日本語教室があったが、対象外で学ぶことができなかった。

○進路決定では普通科は断念し、工業高校へ。興味がなかったので苦痛だった。

○楽しいことをみつけようと思い、水泳部と華道部へ。

○大学進学を希望したが、先生に一言「ムリ」と言われる。この時、中学の日本語教室の先生に相談し、一緒に大学進学をめざす。

○調布短大から今度は明海大学の中国語学科へ。

短大では、日本語の特別の講義があって基礎から学ばせてもらったが、小学生からの勉強をやることで自分がいやになった。しかし先生が、本当は小学校・中学校で教えなければならないことを教えてもらえなかった。だからここで教えますと言われ、頑張れたとのことです。そして今度は中国語を学ぶために明海大学へ進学したそうです。この方はいま医療通訳をやっています。

教室に自分の居場所がなかったこともあるEさん、支援の場所がもっと必要ということも言っていました。

いまは、娘さんが明海大学で中国語を学んでいます。

いい話でした。

 

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