こんにちは、日本共産党練馬区選出都議会議員とや英津子です。
福島第一原発事故からまもなく14年。お二人の方の話を聞きに行きました。
お一人は今野寿美雄さん。
放射線作業従業員として原子力関連施設で働いていた方、3・11の際、女川で被災し、それ以降浪江町のツアー案内や「俺たちの伝承館」という被災の実態を伝える資料館の副館長として活動を続けています。
今井さんは技術者ですから、地震が起きた当時、当然メルトダウンが起きることは予想できたといいます。家族は亡くなってしまったと思っていたそうですが、再会したとき、お子さんは「お父さんの足がある!」と言ったそうです。はじめは幽霊だと思ったようです。
この間の裁判闘争では、国と県の主張を鵜呑みにした裁判所の判断は極めて不当であり、「三権連立」とおっしゃっています。
その通りです。
もう一人は岡田めぐみさん。
原発事故後、四人のお子さんを連れて福島市から東京の武蔵野市に自主避難を続ける。「むさしのスマイル」主催、首都圏の避難者が集う「よらんしょサロン」などの運営をしています。事故当時子どもだった若者たちに放射能のことを伝える活動もしています。
中通りに住んでいた岡田さんは、原発が福島にあることさえ知らなかったし、東電はすごい会社で入社できたら安泰と言われていたそうです。
学ぶ機会が少なかったために、情報がないし自分で判断することもできなかった。しかし、夫が外国籍で外国メディがの伝える報道がシビアだったため避難することに。東京に避難したが、妊娠中(下のお子さん)でもあり、まわりから子どもの声がうるさい、病院は予約してと言われるなど右往左往した経験を語りました。
自分が悪いのではないか、自分だけが孤立していると思っていたところ助産師会に助けられ、同じ子どもを持つ仲間を紹介され、その時がターニングポイントになった。その出会いがきっかけで、Xを通じての仲間ができ居場所をつくろうとなりサロンを続けてきたそうです。
福島原発事故から14年たちましたが、この事故があったことを知らない人もいるし子どもたちは知りません。二度と事故を起こさせないため、今こそ語りつぐことが重要なのではないか。考えさせられた講演会でした。
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