駆けある記

文教委員会視察報告①長崎へ

こんにちは、日本共産党練馬区選出都議会議員とや英津子です。

4月23日~24日で都議会文教委員会の視察がありました。同じ文教委員会の斉藤まりこ都議と学んできました。

一日目は、長崎市役所で平和教育についてレクチャー⇒長崎原爆資料館見学⇒長崎市立城山小学校。

長崎を訪れるのは原水禁世界大会に参加した時以来で15年ぶりくらいですが、市役所で平和教育について説明を受けるのは初めてです。

【平和教育の基本三原則】

長崎には平和教育三原則があります。

ここに至るまでには山あり谷ありの運動の歴史があると聞いていましたが、原爆投下という特殊性をもつまち長崎にふさわしい平和教育の実践がありました。日本全国、教育現場は今日の政治状況に影響を受けているところはありますが、それを考慮しても学ぶべきものが多く東京でも実践したいと思う内容でした。

東京は終戦間近、空襲で一夜のうちに10万人余の方がなくなりました。しかし、平和教育と言えるような「教育」はありません。直接的、間接的問わず子どもたちには系統的に平和教育をすべきであり、それが次の世代が世界の人々と友好関係を結ぶ保障になるのではないでしょうか。

 

【平和ナガサキ(小学生版・中学生版)】

「平和ナガサキ」という冊子があります。これは「ナガサキ平和学習プログラム検討委員会」からの提言書をうけて2003年に発行されたものです。その後、2016年から長崎市教育委員会が進めた平和教育再編成に基づき「平和教育手引書」がつくられ、その内容を踏まえ、活用されています。

日本が核兵器禁止条約を批准していないことは記載がなく、「核不拡散」についても掘り下げて子どもたちに知らせる必要があるのではないか…、など思うところはありますが、授業で補ってくれていることを期待します。

 

【長崎原爆資料館】

その後、原爆祈念館にも行き、改めて被爆の実相を確認してきました。公開中の映画「オッペンハイマー」のポスターも掲示されていました。

東京から修学旅行で高校生が訪れていました。展示資料やナビゲーターの説明を聞いて生徒はどう思ったでしょうか。戦後80年が経とうとしているいま、岸田政権はこの間、十分な審議と国民の意見も聞かず、経済秘密保護法案や陸海空自衛隊を一元的に指揮する「統合作戦司令部」創設などを盛り込んだ防衛省設置法等改定案が参院の審議入りからわずか1日で可決となりました。練馬区は自衛隊に中学生の住民基本台帳を提供し、北町・朝霞駐屯地周辺1kmは重要土地規制法の「注視区域」として監視対象となりました。国民が知らぬ間に戦争への道をひたすら走る、そこに莫大な税金が投入されています。長崎の悲劇が日本が引き起こした戦争の結果であることを子どもたちに深く理解して欲しいと思います。

【城山小学校】

城山小学校は、爆心地から約500m、深刻な被害を受けた場所の一つです。高台の上にあり、当時としては学校には珍しい近代的な建築物だった跡がうかがえました。

原爆のとき、学校には30人以上の職員がいて、子どもも一人いたそうです。助かったのは、たった4人(うち子ども1人)。死亡した人は29人でした。夏休みであったため、子どもたちは登校しておらず被害にあったのは教員や職員だったということです。

 校舎は原爆の悲惨さを伝えるため、一部残してあり、そこは語り部の皆さんが訪れた人々を迎え原爆投下当時のことを伝えるために常駐しています。80才を超えた方が、約一時間にわたって立ったまま説明して下さいました。当時の惨状とその後の生徒や教師の暮らし、学校再興までの経緯が詳しく語られ、決して忘れないという決意が言葉の端々から感じられるものでした。

 この学校では毎月9日が平和祈念式です。生徒たちは自宅の庭などから花を持って登校し、校庭の少年平和像などに活け平和を祈念します。毎月というのが驚きですが、本当に大切な取り組みだと思います。原爆の施設を残し一般公開し、生徒は毎月平和の重要性を認識する機会を持つ。平和教育にとても効果的だと思いました。

東京は、戦争末期一夜にして約10万人が命を奪われましたが、被害にあった学校も施設も全てといっていいほど残っていません。だから戦争の傷跡を子どもたちが知る機会はほとんどないのではないでしょうか。

東京都には東京空襲体験者の証言映像は300人を超える人たちの記録が残っていますが、これまで公開はたったの9名でした。これを122名にして、公開場所も増やしました。その結果昨年の二倍の人たちが訪れたそうです。今年度もさらに証言映像公開人数を広げ、活用方法についても検討するとしています。これはぜひ進めて欲しい。そして平和祈念館の建設に踏み出すべきです。

朝、羽田をたって三ヶ所の視察は少しハードですが有意義な視察でした。何よりも超党派で平和を学べたのが収穫です。翌日は福岡のバカロレア教育と夜間中学視察、続きは次回。

【雑感】

日本の食料自給率は38%と言われていますが、実は10%だと知りました。

輸入ストップ時のいざという時の食事メニューが、「食料・農業・農村基本計画」にありますが、芋類中心メニューには、一日イモ3食、米一食、おかずは野菜3食、さかな一回。卵1.5ヶ月に一個、肉は23日に一皿、牛乳4日にコップ一杯という悲惨なものです。

スーパーに行けばなんでも売ってる日本ですが、一変してしまうのです。

農基法改悪で、自給率向上を投げ捨てる政府の進む道は、農業潰しと食料不足で日本を破滅へと導くものに他なりません。

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