駆けある記

日大光が丘病院撤退問題について

 日大が撤退表明
 日本大学は練馬区に対し弁護士を代理人としてたて、来年3月末をもって撤退することを通告してきました。
7月4日付できた文書には、この間地域医療充実のため大学医療関係者が心血をそそいできたこと。そしてその努力があったものの、累計で90億の赤字を抱え、これ以上練馬で病院を運営することはできない。
 また、練馬区との賃貸契約は期間を30年としているが、民法604条の規定によれば、20年を超える契約は許されないことなどを述べています。
 これまで、うわさで光が丘病院が撤退するのではないか、など区民から問い合わせがあったものの、区はいっさいこの問題で事実を言ってこなかったことが明らかになっています。
日大光が丘病院の20年余
 練馬区では1977年、「練馬区基本構想」を策定し、「高度で専門的な医療機能をもつ総合病院の誘致につとめる」とし、1986年に医師会立光が丘総合病院が173床で開設。
 しかし、経営難から存続を断念し、その後1991年に日大光が丘病院が誘致され現在に至っています。
 432床の病床を有し、小児救急、周産期セミオープンシステム、CCU(冠動脈集中治療室)などの重要な医療機能をもつ病院として運営されてきました。
 ところが、小泉構造改革などで診療報酬の引き下げなど医療改悪が行われるもとで、全国の病院が経営難に陥り、光が丘病院でも開設当初から赤字が続くような状態でした。
 2年前、練馬区に対し累積赤字が85億円にものぼりこのままでは病院経営が続けられないから支援を、と依頼がありました。
 依頼の内容
1,建物賃借料(年間6576万円)の免除
  平成21、22年の全額免除
2,事務室賃借料(年額996万円)の区負担
3,委託事業の拡大
4,経営資金の無利子貸し付け(5億円)
というものでした。
区議会でもこの問題を議論し、支援に応えることとし予算化の流れとなりましたが、結局無利子での貸し付けについては、工面ができたと辞退があったため、それ以外の支援をしてきたのです。
水面下で協議?
 区議会では、いったんは事態が収束したと受け止めていましたが、7月15日の医療高齢者等特別委員会で報告された内容は、2年間日大と協議してきたことや、区の健康福祉事業本部長と日大管財部長との間での確認事項まであったことが明らかになりました。
 それも、確認したのは昨年12月です。なぜこの時点でも区議会や区民に事態を知らせなかったのか、理解できません。
 
確認された内容は、
1,付属病院の運営機関について
平成23年3月末をもって光が丘病院を廃止することを理事会の意思として練馬区に示した。これに対し区は、協定書および契約書に基づき平成33年3月までは大学が責任をもつべきとの見解を示した。
2,今後の協議について
区と大学の見解が異なるが、24年3月の廃止に伴って生じる混乱を防ぐため、新たな医療機関へ引き継ぐことが望ましい。よって引き継ぎのための協議を行う。
 というものです。
 すでに、撤退を前提に考えている区と日大の姿が浮き彫りになる確認資料です。
撤退やめよの声
 日大の医師たちや、練馬区医師会ではすでに撤退をやめさせるよう求める嘆願書、署名に取り組んでいます。
地域の医療をこのまま守って欲しいという声は切実です。
 日大の先生にお世話になった方は、なんとかやめないで欲しいと声を上げています。
 私たちは、この声に応え日大の継続を求めていきたいと思います。
医療の空白と水準低下招くな
 すでに練馬区は8月1日から18日までの期間で後続医療機関の募集をはじめています。
 募集期間や引き継ぎ期間があまりに短く、このままでは医療水準の低下や医療の空白を招きかねません。
 練馬区と日大の責任は重大です。
 この点でも、区民の医療要求に応えるため区への申し入れ、陳情署名などに取り組み医療の拡充のために頑張りたいと思います。

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