駆けある記

関東大震災100年 朝鮮人虐殺を現在に問う練馬の夕べ②

こんにちは、日本共産党練馬区選出都議会議員とや英津子です。

関東大震災100年にあたり、練馬での映画と講演の夕べが開催されました。

第2部は、慎蒼宇(法政大学社会学部教授)先生の講演。ここでは詳細な調査にもとづく歴史の事実を報告してくださいました。

日本政府の姿勢

・朝鮮人虐殺は、日本政府の姿勢が一番の問題、責任を自警団の責任としていた。ほとんど裁きらしいのもがされていない。日本弁護士会の報告書では、国は朝鮮人虐殺の全貌と真相を調査しその原因を明らかにせよと国に勧告を出しているが20年間無視しているのが日本政府。

・立憲民主党の質問にも、資料の存在も認識がないこれからも調査しないとの答弁。歴史修正主義の動きが一般化していることを危惧していました。

小池東京都政について

追悼文拒否、朝鮮総連の要請文も出されたが拒否。拒否の理由は、「歴史家が紐解くもの」歴史家というのはそれを否定する人のこと。

すべての被害者、自然災害の被害者に人災被害者を埋め込もうとする意図。人災を消し去ろうとする意図がある。

祖父の兄の経験

日本語を話せたので自警団が騒いでいて「朝鮮人をつまみ出せ」との声が聞こえ、必死で川に飛び込んだが捕まり、瀕死の重傷を負った。一年半日赤病院から出られなかった。朝鮮総督府の役人がきた「このたびのことは天災と思って諦めるように」と言われた。100年後に全ての犠牲者を悼むと言っているが、小池知事の主張との共通性がある。まさに歴史認識が問われている。

なぜ朝鮮人が暴動を起こしたというデマが流れたのか

流言は警察や民間から発生した。しかしいきなり殺すというのが飛躍がありすぎる。

そもそも、同じようなことを官も民も経験していた、それが流言が起こった途端に発動する。

関東大震災だけを見ていてはいけない。植民地戦争からみることが重要。

日本近代史研究者に共通している弱点について

日本史の教科書、一般書に共通しているのは、この虐殺を関東大震災の瞬間、一時的な現象として叙述する傾向がある。戦後も植民地的な朝鮮感が残っている。古代から日本の中での朝鮮蔑視があって、日本書紀の中でも記述がある。天皇に従う属国、それが幕末に吉田松陰の征韓論として使われる。自由民権派も同じで深刻な問題である。

日本社会に朝鮮蔑視が定着したのは、日清・日露戦争時である、朝鮮は落後した野蛮な社会であることが定着してきたと考えられ、一般化してきた。こうしたことが関東大震災時の虐殺の背景として考えられる。

蔑視のレベルに憎悪が加わっている。潜在的恐怖感。朝鮮人は日本の国を滅ぼす敵国人。植民地を支配している相手でありながらそのような認識を持っている。征伐の対象。それが戒厳令で発揮された。

関東大震災の事後処理

自警団の責任にしていたが、警察の責任も問わざるをえなかった。その際使われた理由は、警察の処置は自警団暴力から鮮人保護の過程で起きたやむを得ない事情。これは植民地政策でずっと使われてきた論法。

正当防衛は、朝鮮人の民族運動を弾圧する過程で出てきた弁明論。日弁連の軍隊の殺害行為についての勧告。正当防衛の殺害についてもあやふやでとても正当化できるのもではない。

以上簡単ですが、慎先生の講演の概略です。

今日、9月1日は関東大震災犠牲者追悼式典があります。横網町公園他各地で震災で亡くなった人、虐殺された朝鮮人は全くべつの歴史の事実ですから、それぞれを悼み追悼すべきです。

小池知事が朝鮮人の虐殺をなかったことのように扱うことで、ヘイト団体が罵詈雑言を繰り返し、日本人としてとても恥ずかしく悲しく、怒りがわきます。

日本共産党都議団は式典にあたり、小池知事に申し入れをしています。

以下、紹介します。


東京都知事 小池百合子 殿

2023年8月21日
日本共産党東京都議会議員団

関東大震災100年、朝鮮人犠牲者追悼碑建立・追悼式典50年の今年
9・1朝鮮人犠牲者追悼式典に対する追悼文送付の再開を求める申し入れ

関東大震災から100年の節目となる今年、関東大震災朝鮮人虐殺事件の史実があらためて注目されています。
関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典実行委員会は7月31日、小池知事宛てに追悼文送付の再開を求める要請を行い記者会見を行いました。ところが小池知事は、18日の記者会見で、今年も追悼文を送付しない方針を表明しました。小池知事による送付中止は7年目になります。
日本共産党都議団は歴史に背を向ける小池知事のこうした対応に対して厳しく抗議し、再開を強く求めるものです。
知事は、「何が明白な真実かは歴史家がひもとくもの」とか、「東京都慰霊堂で開かれます大法要におきまして、東京で起こった甚大な被害と、それに続く様々な事情で亡くなられた全ての方々に対して哀悼の意を表しております」などと繰り返し答弁しています。
しかし、そのような言い訳は成り立ちません。東京都が1972年に著作・発行した「東京百年史」では、関東大震災でデマが広がり自警団が組織され、多くの朝鮮人が惨殺される事態が起きたことについて、第一にこれを史実として認め、第二に震災とは別の人災と認定し、第三に「東京の歴史の拭うことのできない汚点である」と記録しています。
東京都は、このように史実を認め、震災とは別の人災による犠牲者を弔い、「東京の歴史の拭うことのできない汚点」への反省と二度とくり返さない決意を込めて、関東大震災50年の1973年に追悼碑を建立し、その時から始まった関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典に、歴代都知事は「悲劇を二度とくり返さない」とする「追悼の辞」を送付してきたのです。
ところが、小池知事による追悼文送付の中止は、これまでの東京都の努力を踏みにじり、都知事として「東京百年史」の記述を否定し、関東大震災における朝鮮人虐殺を明白な史実と認めず、震災による被害者と虐殺という人災による被害者の区別をあいまいにし、人災による悲劇を二度とくり返さない決意の表明を避けようとするものであり、厳しい批判が寄せられているのは当然のことです。小池知事の姿勢は、歴史修正主義にくみするものと言われても仕方ありません。
今年に入って東京都は、「関東大震災100年」と称して様々なイベントを行っていますが、事業の中に朝鮮人虐殺事件に向き合った企画や、災害時デマなど災害教訓の継承がありません。関東大震災100年の今年こそ、多くの朝鮮人が惨殺された歴史的事実に向き合い、重要な災害教訓として継承すべきです。またそれは、特定の民族への差別や偏見、ヘイトスピーチを許さないことを、都としてあらためて発信することにもつながります。
今年は、関東大震災100年であるとともに、朝鮮人犠牲者追悼碑の建立、追悼式典開始から50年の大事な年です。
日本共産党都議団は、小池知事と東京都に対し、歴史の事実に向き合い、また歴代都知事が追悼の辞を寄せてきたことに立ち返るよう強く求め、以下の点について要望するものです。

1. 知事は史実を誠実に直視し、今年の9月1日に開催される「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式典」に対して、追悼文の送付を再開すること。

2. 追悼式典の同時刻に隣接した場所で行われるようになった集会で「人権条例」審査会が認定したヘイトスピーチを行い、かつ追悼碑の撤去を求めてきた団体が、追悼碑の前で集会を開催しようとしていることについて、「東京都オリンピック憲章にうたわれる人権尊重の理念の実現を目指す条例第11条に規定する公の施設の利用制限に関する基準」に基づき、審査会の意見を求めること。また基準に基づいて厳格に対応すること。

3. 関東大震災100年の今年、関東大震災朝鮮人虐殺事件という「史実」と「災害教訓」を継承する事業に取り組むこと。

 

 

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